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愛知万博から上海万博へ(3)
21世紀アジアの循環型都市へ
アートを育てる街づくり
愛知万博から上海万博へ(2)
愛知万博から上海万博へ(1)
築地市場の豊洲移転の是非

「日本の美風」を読んで

ニューヨークの先輩トリオ
急がば回れ、米百俵をいま

万博と名古屋の都市づくり

21世紀都市住居のデザイン
上海社会科学報記事

明治神宮

ハイパービルディングによる
明治神宮付近の緑地活用イメージ
 
バイオラング(愛知万博)
 
エキスポタワーイメージ
 
香港タワーイメージ
 
 

上海社会科学報第2回連載・都市の肺

上海の古地図

1930年代の上海の古地図では外国の租界になっている中心部を除く郊外は網の目のように水路が張り巡らされている。上海が長江河口部の低湿地帯に広がった道路よりも水路が発達した水網都市だったことがわかる。現在では上海郊外の朱家角などに当時の面影を偲ぶことができる。

ニューヨーク・セントラルパーク
ニューヨークマンハッタンの中心に位置する世界を代表する都市公園である。南北4km、東西0.8kmの広さを持つ。設計は1857年、オルムステッドによる。ニューヨーク市民、そして世界中からの観光客の憩いのオアシスとして愛されている。西側にアメリカ自然史博物館、東側にメトロポリタン美術館、グッゲンハイム美術館などがある文化の拠点でもある。

ハイパービルと緑のオープンスペース
鬱蒼と茂る緑は東京の明治神宮の写真である。1920年に、広さ70haの敷地に全国から集められた365種12万本の樹木が植林された。この樹木は1970年の植生調査では247種17万本になっている。これは植生遷移という概念で人工林が自然化していくプロセスの中で自然淘汰がなされて安定した植生を作るという当初の設計思想が反映された結果となっている。100年足らずの間に人間が植林した樹木はここまで雄大な森に成長した。この明治神宮に隣接してハイパービルを建てるとすれば黄色の線で囲われたエリアの建築物の床面積をすべて含むことが出来る。その結果右のように新宿御苑や代々木公園ともつながった一大緑地を生み出すことができる。

愛知万博は緑の中の博覧会
2005年の愛知万博は緑の森に包まれた会場で開催された。この会場はもともとは名古屋東部の丘陵地帯に位置した緑と水が豊なスポーツ公園であった。起伏のある緑の森と多くの池の間に野球やサッカー、テニスなどのグラウンドが点在していた。このスポーツ公園を博覧会の期間中借用して、博覧会終了後は再び緑豊な公園に戻すというのがわれわれに与えられた設計条件であった。水と緑のエリアはスポーツ公園全体の半分を占めていた。そこには貴重な動植物が生息しており、万博期間中も、万博閉幕後もその豊かな自然環境が維持されること、これも重要な設計の条件であった。博覧会の一般常識からすると考えられないこれらの設計条件は今までにはない博覧会場を作り出した。既に造成されているスポーツグラウンドに各国のパビリオンを建て、グローバルループと名付けられた空中回廊でそれらを結ぼうというシステムである。造成をせずに道路を空中に浮かせて作る、この発想がすぐに浮かんだのは、私が長年、層構造モジュールなどの人工地盤の開発に携わってきたことによるのかもしれない。ここでは人工的な構造物と自然の関係は一般的な開発計画と比べると逆転している。貴重な動植物の生息地はまず最優先的に確保され、すべての池も手をつけずに残された。このように確保された自然ゾーンを避けながらグローバルループのルートは設計された。

層構造モジュール
層構造モジュールとは文字通り層状になった人工地盤システムである。1975年頃に当時の通産省が新しい都市基盤を工業化手法でつくる産業の可能性も視野において開発を始めたものである。段状に構成される人工地盤によって空間を有効に活用すると同時に各住宅は緑の庭を持つことができる。独立住宅と集合住宅のメリットを併せ持ち、道路や河川の上などの都市の中の未利用空間を高度に活用するビジョンが描かれた。実物大の実験棟などは建てられたがまだ本格的な実現を見ていない。これは技術的な問題ではなく、道路上や河川上などの新しい空間利用の法的整備などが整っていない理由にもよるところが大きい。層構造モジュールは斜面地の開発においても地盤を大幅に改変することがない。この自然環境になじみやすいシステムがグローバルループ(空中回廊)のヒントになった。

バイオラング
愛知万博の会場でひときわ来場者の目を引いた緑の壁がバイオラングである。生物の肺と名付けられたこの緑の壁は近未来の都市の壁面緑化のための基礎実験装置である。屋上緑化はかなり普及してきたが建築物が高層化するにつれて、外壁面積のうち屋上面積の割合は低下していく。壁面緑化の技術を確立することは今後の都市のヒートアイランド抑制のためにも意義は大きい。愛知万博においてはバイオラングにドライミストを組み合わせて清涼感を高めた。

エキスポタワー
1998年、愛知万博が予定地の環境問題で大きく揺れ動いている時には私は将来自分がこの博覧会に関わりあうことになろうとは予想だにしていなかった。計画地にオオタカの営巣が確認され、博覧会後の県の大規模な住宅開発計画が国際博覧会協会(BIE)から問題視されるなど会場予定地の変更も検討され始めていた。この騒動の門外漢であった私はマレーシアの建築家ケン・ヤーンとともにエキスポタワーの提案を行った。これは550haの会場の中でわずか3haの敷地面積の開発で博覧会施設をすべて含む,縦型万博会場の提案であった。高さ600mのこの提案がすぐに実現するとは考えなかったが開発すべきエリアと自然に残すエリアをメリハリをつけて計画すべきという趣旨の提案であった。この発想はハイパービルディングと共通するコンセプトから生まれている。また実現したグローバルコモンとグローバルループの考え方も形態はまったく異なるがメリハリをつけた開発という考え方は共通している。

ハイパービルディング
1990年代の半ばに始まったハイパービルディングの研究は従来の都市開発のあり方を根本的に方向転換させることを目指していた。東京のように低層建築が何十キロも郊外に広がる都市は都市生活の効率が悪く、快適ではない。長距離の満員電車での通勤は、時間的にも、肉体的、精神的にも負担が大きい。また都市エネルギーの経済性という側面からも課題は多い。従来、日本人は自分の土地の上に自分の家を持ちたいという、いわゆる持ち家指向が強くこのような状況を作り出してきたと説明されてきた。しかしながらこの課題はは決してわが国特有ではなくハイパービルは世界中の都市にとっても有効な提案に違いないと考えるに至った。また都市が成熟しているわが国よりもアジアをはじめとする発展途上国にこそより多くの可能性が残されていると考え、海外での提案、また海外の建築家の考えるハイパービルディングも比較検討することにした。
アメリカ・アリゾナで理想の都市・アルコサンティ(Arcosanti)を作り続けるパオロソレリはアリゾナを思わせる大地の上にアーコロジー・メジャー(Arcology Major)を提案した。
オランダのレム・コールハースはタイの首都バンコックにハイパービルを提案した。日本の建築家古谷誠章は東京駅の上空にハイパースパイラルを提案した。

香港タワー
香港啓徳空港が新空港の建設によって廃止された1998年に香港大学で開催されたメガシティカンファレンスに私が提案した啓徳空港の再開発案である。斜めに交差するメガカラムが外部空間を内包した半屋外空間を作り出している。なお斜めに交差するメガカラムピラミッド状のメガストラクチャーを構成し安定している。またエレベータなどは垂直に組み込まれている。



- 原田 鎮郎 -


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